糖尿病には糖質制限?

   

ここまで、糖質制限の問題を述べてきました。これを踏まえて極端な糖質除去食はダイエットや健康のために選択すべき食事療法ではない、というのが私の結論です。

ただし、現在生活習慣病で問題になる「糖尿病」にはどうでしょうか。糖が高いことが問題である疾患なのだから、その糖を制限する「糖質制限食」は治療食として良さそうに思えます。私も以前は、糖質制限食は糖尿病においてのみ、行ってよい食事療法ではないだろうか、と考えていました。しかし、それもどうも怪しいとする結果が見られています。

糖尿病は、皆さんご存知の通り「血糖値が高い病気」です。ただ、血糖値が高くても、初期は特段問題を感じません。しかし、その状態が続くと合併症が問題になってきます。糖尿病における3大合併症とされるのが1)糖尿病性網膜症(失明の一番の原因は糖尿病性網膜症である)、2)糖尿病性腎症(透析の一番の原因。透析になると、週に3回、1回5時間程度の血液ろ過を死ぬまで行わなければならない)、3)糖尿病性神経障害(感覚障害等により足が腐り、手足を切断しなければならない場合がある)です。これ以外にも動脈硬化症による脳梗塞、心筋梗塞などのリスク、また易感染症(風邪をひきやすく、また肺炎など重症化しやすい)など多くの恐ろしい合併症の危険があります。

よって、糖尿病患者において何においても大切なことは、血糖を下げ、これらの合併症を避けることです。そうすると、糖質を制限する「糖質制限食」は非常に有効な食事療法ように思えます。

しかし、本当にそうなのでしょうか?よって、ここでは、糖尿病における糖質制限食の治療効果を見ていきましょう。

糖尿病に糖質制限の効果があるのかどうかは、患者に糖質制限食をお願いして経過を見れば、すぐに判定できます。ただ、ここで大切なことは、ルールです。前回の失敗を繰り返さないように、1)総エネルギー摂取量を下げずに、低糖質でない食事をとる群を作り比較する、2)2つの群は食事法だけが違っていてその他はすべて同じにする、といった条件の順守が求められます。これらの条件をすべて守り、糖質制限食とヘモグロビンA1cの関係を調べた9つの研究についてまとめた結果を見てみましょう。

これらは、総エネルギーに占める糖質の割合を14%にして3か月行なわれた研究です。通常の糖質の割合は60%前後ですから、この実験は糖質を非常に厳しく制限したものであることがわかります。

結果です。糖質制限開始から3か月、糖質制限は見事に効果を示しました。ヘモグロビンA1c濃度が0.7%下がったのです。ヘモグロビンA1c濃度の正常値は4.6~6.2%、6.5%以上だと糖尿病が疑われます。とするならば質制限におけるヘモグロビンA1c0.7%の減量は6.5%を5正常値5.8%まで下げる力があるのですから、大きく効果を示したことは間違いない事実です。

しかしです。これが6か月たつと途端に効果は怪しくなります。半年間の研究では低糖質ダイエットの効果はかなりうすれ、効果のあるもの、ないものが混在するようになります。そして1年間の研究になるとまったく効果が認められなくなってしまうのです。

糖質制限食は半年以上続けると効果が消えてしまうということなのでしょうか?しかし論文を詳細にみると、どうもそうではないようです。3か月の時糖質を14%程度にしていたのが、6か月、1年となるうちに、徐々に割合が増えていっていました。ということは「糖質制限食の効果がなくなった」ということではなく、「厳格な低糖質ダイエットを半年以上続けるのはむずかしい」ということになるのでしょう。そうはいっても、糖質制限はやめたわけではありません。最大でも総エネルギーに対して糖質45%以下、頑張っているグループは25%前後の制限をしてい、ました。しかし、その場合であっても糖尿病の効果は見られていません。とするならば、この論文においては「糖質制限で糖尿病を改善させる可能性はあるものの、その場合は糖質を相当にきびしく制限し、継続し続けないと効果は期待できない」という読み方ができそうです。(Snorgaard O, et al. BMJ open Diabetes Res Care 2017; 5 e000354 )

では、次の研究を見てみましょう。この表は食習慣と糖尿病の関係を調べた8つの研究をまとめたものです。これは1日あたりの炭水化物摂取量において、およそ220g摂取の人が糖尿病にかかった確率を1.0とし、それ以上、またはそれ以下食べた場合、糖尿病がどれだけ発症するのかという相対的確率(相対危険)を示したものです。これによれば驚くことに、220g以上炭水化物を摂取したほうが糖尿病の発症が抑えられることになっていました。
日本人の炭水化物摂取量は50歳代の平均で男性282g、女性230g(平成28年国民健康・栄養調査)ですから、むしろ炭水化物をもう少し食べるほうが糖尿病にかかりにくくなることをこの図は示していることになってしまうのです???

 

ただ、この研究は、欧米で行われたものであり、ここで示された炭水化物の大半は小麦でしょう。日本人の糖質といえばやはりお米ですから、今度は日本人のデータで考えてみます。

日本で行われた男女それぞれおよそ3万人ずつ、炭水化物摂取量と糖尿病の発症を調べた研究であります。結論から言えば、男性においては炭水化物摂取量と糖尿病の危険度に相関性は見られませんでした。これに対して女性の場合は、炭水化物摂取量と糖尿病の発症率は相関を示す結果となっていました。

炭水化物摂取量

最低(44%)

中(52%)

最高(65%)

相対危険度

1.00

1.16

1.00

(図:男性3万人の炭水化物摂取量と糖尿病発症の関係)


炭水化物摂取量

最低(45%)

中(56%)

最高(67%)

相対危険度

0.63

0.71

1.00

(図:女性3万人の炭水化物摂取量と糖尿病発症の関係)(Nanri A, et al. PLoS One 2015; 10: e0118377)。

糖尿病予防のために、もっと炭水化物をとりなさいというデータ(欧米人)があるかと思えば、食べた量により糖尿病発症率が上がるというデータ(日本人女子)もあります。その一方で、食べる量と糖尿病発症に相関はないというデータ(日本人男子)が存在したりもします。また糖尿病の治療においても、短期間は改善するも1年という単位で見れば全く効果は認めなかったという世界中の研究をまとめた論文もあります。

皆さん「????」という感じでしょうか。その通りなのです。これらのデータで言えることは、「炭水化物摂取量と糖尿病発症の関係は、よくわからない」、ということになります。

少なくとも、以上の結果を踏まえ、医師として「糖尿病には糖質制限食」と胸を張って言うことはできない、というのが現在の私の答えです。

さらに言えば、糖質制限食は糖尿病の予防、治療の効果が不確かというだけではありません。前述したように糖質制限食は炭水化物(糖)摂取を禁止した食事療法のため、その不足分を他の栄養素で補給しなければならず、その代用になるのが、「肉」という話はすでにしました。糖尿病においてもまた、この肉が問題になります。

肉に含まれる物質で、糖尿病で問題になるのが飽和脂肪酸と窒素です。まず飽和脂肪酸(特に牛肉に多い)。これが非常に嫌われる理由の一つに動脈硬化の促進があります。動脈硬化とは動脈の壁が厚くなったり、硬くなったりして本来の構造を壊し、働きをわるくする病変の総称で、狭心症、不安定狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、大動脈瘤、腎梗塞、手足の壊死などの原因となります。

皆さんは覚えているでしょうかか?糖尿病の合併症のリスクに循環器疾患があったことを。実際の数値で言えば糖尿病の人は、健康な人と比較すると、心筋梗塞発症のリスクは3倍以上にも上ります。(Kleinman JC, et al.  AM J Epidemiol 1988; 128: 389-401)。糖尿病があるだけでもすでに、心筋梗塞のリスクが高いのに、さらに、動脈硬化を促進させる飽和脂肪酸たっぷりの肉を食べて続ければ、何が危険は言うまでもないでしょう。

次に窒素を考えてみます。窒素はたんぱく質にのみ含まれ、炭水化物にも脂質にも入っていない元素なのですが、体で使われた後、すべて腎臓でろ過後排出しなければなりません。これも前述しましたたが、糖尿病の合併症に糖尿病性腎症がありました。つまり糖尿病の人は腎臓が侵されやすく、腎機能悪化している人が多くなりやすいです。このような場合に、肉の大量摂取により窒素を体内に多く入れると腎臓の仕事量が増大、それにより糖尿病性腎症の悪化が促進するリスクがあるのです。実際、腎機能低下の人がたんぱく質を多くとると腎機能低下が促進するというデータも存在します(1日当たり蛋白摂取量60gに比べて92gになると2.9倍腎機能低下の発生率が上昇する Knight EL, et al. Ann Intern Med 2003; 138: 460-7)

これらを踏まえると「糖質制限食が糖尿病に良い」という仮説の旗色は、ますます悪くなってきたように思います。

 

最後にもう一度糖質制限食を糖尿病の予防・治療に行うことの問題をまとめます。

1.       糖の摂取量と糖尿病の関連は不思議なほど研究結果が一致しない

2.       肉多食により循環器疾患が上昇するリスクがある

3.       肉多食により長期的に腎臓悪化が促進するリスクがある

4.       食べられる食事の過剰制限により、栄養の過不足が生じるリスクがある

 

以上より、糖質制限食、つまりお米を食べないという選択肢は、糖質がダイレクトにかかわる病態である糖尿病においても積極的に勧める食事形態ではないといえないように私は思えてしまいます。

だからと言って、「お米をたっぷり食べよう」ではダメです。糖尿病の多くは多食による肥満と運動不足が原因で起こったものです。よって、総カロリーを減らすことは大切です。またお米を含め食べ過ぎないことも大切な戦略です。よって、お米と糖尿病の関係が明確でないからおいしくいっぱい食べようではなく、お米を含めて食べ過ぎないようにしよう、という心構えでいてください。なお、お菓子やジュース、果物はすぐに血糖値を上げるので、くれぐれも糖尿病の人は食べ過ぎないように、できればほとんど食べないようにしてください。

 





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