難病、死と向き合う

   

医師である限り、目の前の病気を治すために、研鑽を積み重ね、治せるように努力し続けます。しかし、それでも治らない病気というのは残念ながら存在しますし、そもそも人は、いつの日か必ず天寿全うする日がやってきます。
 

では、治らない病気に対して、死を目前にした人に対して、今私ができることは何なのか?
 

それは、体は病気でも、心まで病気に侵されないようにすること、また病気であったとしても不幸にならないこと、そのお手伝いをすることだと思っています。
 

とてもとても難しいです。でも、治らないことも受け入れて、残された年月を笑顔で生きていく方法を一緒に考えていく。良くなったとか悪くなったとか一喜一憂するのではなく、めげずに、笑顔で淡々と受け入れながら生きていく。その方法を共に考え続ける、それが今の私にできる精一杯なことだと思っています。

なお、家族も、病気の方と同じくらい、場合によってはそれ以上に苦しんでいます。よって、家族のケアも非常に重要になります。
ここでポイントになるのは「病気であること」と「つらい」ということを混同しないようにすることです。
たとえば「夫が脳腫瘍で、2年の命」といわれた場合です。
もちろん、精一杯病にあらがい、改善、治癒の努力はします。
しかし、同時に「夫が脳腫瘍である事実」を受け入れ、改善しなかった場合の準備を行うこともとてもとても大切なことだと思います。

この準備を怠り、「夫の回復のみ」だけを目指してしまうと、残念ながら夫を失ったとき、その事実は敗北以外の何物でもなく、自分を責め、悲嘆にくれ、多くの方が精神的な病を患ってしまうからです。

よってそうならないように、私は右手には「治る」という旗印を、しかし同時に左手には「治らない=死」という旗も握っておき、そうなっても後悔しない生き方を模索すべきだと思っています。
 

その時の心構えで大切なのが
「夫の脳腫瘍という事実」に対して「自分が悲しくてつらいと思っている」という感情は2つの現象であることを理解することだと思います。
「病気」という事実は変えられません。しかし「つらく悲しい感情」は2年後に夫が死んでしまうかもしれないことを受け入れてしまえば、そこに悩み苦しみだけの存在ではなくなる、つまり「死」を受容し、そのうえでどう生きるかを選択できるということです。
 

ではどうやったら受け入れられるのか?
それはこの夫に対して全身全霊を込めて、自分のできることを精いっぱいやると決めることだと思います。夫が死ぬまでに
『君に会えてよかった。君を妻にしてよかった。一緒に暮らすことができてよかった。本当に幸せな人生だった』
と言いながら死んでいくような2年を過ごさせてあげることができれば、そして、ご主人の最後の日に
『晩年がすごく温かいものだった。脳腫瘍になってよかった』
と思わせることができたら、仮に死が訪れたとしても、それは敗北ではない、介護する奥様にとっては「勝利」だと思うのです。
脳腫瘍になった夫に「天国だった」と思わせてあげられた妻は「天使」であり、それは、もしかすると病気を治すよりも、もっともっと尊いことのように私は思っています。
2年で死ぬかもしれないことを受け入れ、その日に向けて、今できることを全部やっていく。これを「受け入れる」ということであり、精いっぱいの生き方ということになるのではないでしょうか?
 

実はこれは、私が実際お会いした夫婦の物語です。
実際は2年と言われたのですが、奥様の献身的な愛の介護で、4年(脳外科の医師からは奇跡と表現されました)の命を楽しむことができました。
歩けなくなって2年以上、車いすという不自由さの数年でしたが、ご主人は最後に、奥様を見つめながら
「君に出会えてよかった。また病気になったこの期間、本当に幸せだった。ありがとう」
という言葉を残し、数日後に旅立ったそうです。
奥様は4年間、自分の愛の全てをささげ、やり遂げたという思い、そしてこの言葉をもらい、
「寂しいけどこの4年間は私にとって本当に幸せな、宝物のような時間です」
と言っていました。

医師として、うまく思いを伝えられているか心配ですが、私は決して病気と闘うことを、あらがうことをあきらめなさい、と言っているわけではありません。ただ病気が治る、治らない以上に大切なのは、病気であってもなくても、その人が幸せであることだと思っています。
健康でも不幸な人はたくさんいます。逆にハンディキャップを抱えていても幸せな人もたくさんいます。
体がどうであれ、心だけは病気にならないように、私たちがコントロールできる思いだけはいつも幸せであるように、そのようなお手伝いができる医師に、人間になりたいなと思っています。
どうか、皆様の毎日が幸せでありますように。

 

今日もお読みいただきありがとうございました。





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