ある先生の物語
このひと、嫌だな、苦手だな、と思ったとき、このエピソードを思い出すようにしています。
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ある先生の物語
A先生はクラスの子どもたちに向かってよく言っていた。
「みなを平等に愛しています」と。
しかし、心のなかではもう一つの声が響いていた。
「みな同じように愛するなんて不可能。特にあの一人の男の子は服装が汚いし、しつけもなっていない。だらしがないうえ、無気力で勉強する意欲がない。あの子を見るたびにイライラしてしまう」
五年生の中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入することになった。
しかし、ある日、偶然にも少年の一年生からの記録が目にとまった。
「ほがらかで、友達が大好きで、人にも親切。勉強もよくし、きちんとしていて、優秀で将来が期待される」
と記されている。
「これは間違いだ。ほかの子の記録に違いない」
と先生は考えた。
二年生になると「母親が病気で、世話をしなければならず、学校に時々遅刻する」と書かれてあった。三年生では「母親の病気が悪くなり、疲れていて、クラスでも居眠りする」とあった。
三年生の後半の記録には「母親が死亡。希望を失って悲しんでいる」とあり、四年になると「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力を振るう」とあった。
この記録を通して読んだとき、先生の胸に痛みが走った。クズと決めつけていた子が、突然深い悲しみを生き抜いている生身の人間として自分の前に現れたのである。今まで目の前に見てきた世界が音をたてて崩れ、考えもしなかった世界が現実に存在していることに気づかされたのであった。先生にとって目の開かれた一瞬でもあった。
その日の放課後、少年に声をかけた。
「先生はこれから教室で夕方まで仕事をするから、よかったらあなたも教室で勉強をしていったら?わからないところも教えてあげるから」
少年は初めて笑顔を見せた。それから、毎日自分の机で熱心に予習復習を続けた。きちん
と鉛筆を持っている。先生は「何も言わずに一緒にいるだけでいいんだ」と感じた。
彼が教室で初めて手をあげて答えたとき、先生に大きな喜びがわき起こった。少年は自信を持ち始めていた。
クリスマスの午後、学校は休みだったが、先生は気になって教室に行ってみた。いつもと
同じように勉強していた少年は先生を見つけると飛んできて、しわくちゃの紙に、よれよれの紐で縛った小さな包みを先生の胸に押しつけた。彼からのクリスマスプレゼントであった。
家に帰って開けてみると小さな香水の瓶だった。これはきっと亡くなったお母さんが使っていた香水に違いないと感じた先生は、香水を一滴つけて、日暮れ時に少年の家を訪ねていった。想像以上に汚く、雑然としている部屋で、少年はしょんぼりと本を読んでいた。
先生が戸口に立つと驚いて飛んできて、先生の胸に顔をうずめて叫んだ。
「あー、お母さんのにおい!今日はすてきなクリスマスだ」
クリスマスの飾り一つない部屋だった。
この少年に特に目をかけてくれるようにと頼み、先生は担任を六年生の受け持ちにゆずった。
小学校を卒業するとき、少年から一通のカードが届いた。
「先生は僕のお母さんのようです。そして、今まで出逢ったなかでいちばんすばらしい先生でした」
それから六年後、先生のもとにまた一通のカードが送られてきた。次のように記されていた。
「明日は高校の卒業式です。先生、僕は五年生のときに先生に担任をしてもらって、とても幸せでした。教室に残って先生と一緒に勉強させてもらって、とてもうれしかったです。そのおかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます」
十年の年月を経て、またカードが届いた。
「先生は僕にとって最高の先生でした。先生は僕を人間としてよみがえらせてくださいました。生き返らせてくれました。今、僕は医者としてたくさんの人々の痛みや苦しみに直面しています。僕は父から叩かれたとき、今の患者と同じ痛みを感じたものです。この患者がどんなに背中が痛いか、どんなに頭が痛いかわかるのです。僕はよく五年生のときの先生を思い出します。あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を神さまのように感じます。大人になり、医者になった僕にとって、最高の先生は五年生のとき担任してくださった先生です」
その一年後、さらにもう一通、カードが届いた。結婚式の招待状であった。
「母の席に坐ってください」
と一行、書き添えられていた。
披露宴のとき、医師になったかつての少年は先生を「母以上の方」とみなに紹介し、先生
を抱くと、「ああ、ほんとうにお母さんのにおいがする!」とつぶやいた。
先生は長い年月、蒸発しないように、大切に保存してきた香水の最後の一滴をつけて結婚
式に出席したのだった。
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私は、この話が大好きです。
たぶんこの世の中には私たちが想像できないくらい苦しい生活をしている人たちがいると思います。人に優しくなんてできない、ただ今日を生きていくことが必至であるひともいるでしょう。
人は、今の生き方こそが全てであるため、例えば今、誰かを貶めすような、苦しめて喜んでいる人を好きになることなんて出来ないと思います。
ただ、その人の背景には、そうなるしかなかったほど、苦しいことがあったのかもしれない、という思いだけは忘れずにいられたらとも思っています。
その人を好きになれなくていい、でも感謝できるといいなと思います。
今日も最後までお読みいただきありがとうございました。
あなたが、あなたの大切な人が、生きとし生けるものが幸せでありますように。
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